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漆工芸作家 大町 憲治さんを訪ねて

漆工芸作家 大町 憲治さんを訪ねて
伝統的な漆工芸の技法と最先端の素材を融合させ、今までになかった斬新な作品を次々と手がける大町憲治さん。滋賀県から京都へ、そして現在は幅広いフィールドで活躍される大町さんの創作活動の源とは?歳を重ねた今だからこそ語れるとおっしゃった人生訓も含めて、工房でたくさんの美しい作品を前にたっぷりとお話を伺いました。

Ken MAKIE Studio

Tel&Fax:077-574-5400
HP:http://saikiko.jp
Mail:info@saikiko.jp 

美術工芸高校の在学中に「漆」という素材に出会う


▲京都オパールを一欠片づつ漆で貼り合わせていく作業
 私は1959年、滋賀県多賀町で生まれました。幼少期から絵を描くのが好きで、周囲からは「憲治は絵が上手やなぁ!」と褒められることがありました。褒められると余計に絵を描くのが楽しくなり、その思いは中学校時代まで続き、卒業と同時に京都市立日吉ヶ丘高校美術工芸コース「漆芸科」に入学。当初は日本画科や洋画科を目指していましたが、「伝統工芸の中で絵画を活かした方が良いのではないか」と言う周囲の助言もあり「漆芸科」を専攻しました。

 工芸の世界で活動するにあたり大切なのは何よりも技術だと考えています。技術を習得して自身の活動や存在を広く認知してもらうのには修業が必要だと考え、高校卒業後に京都市内の漆工房に弟子入りをしました。その工房で10年間の蒔絵修業の始まりです。

 当時は共に技術習得に励む兄弟弟子との人間関係に悩んだり、希望通りの表現ができず技術の未熟さを悩んだりと、3年目頃までは何度も「もう辞めたい!」と思ったことがありました。しかし5年目が過ぎた頃にはある程度の技術が通用することに気付き、作業が俄然楽しくなってきました。業界の方々との繋がりも増え、工房内で作業進行のコントロールや業者との交渉のマネジメントもできるようになると視野が広がり、この世界での自信もついてきました。これは企業で働く皆さんも同じではないでしょうか。10年間の修業時代に蒔絵の専門技術をみっちり学べたことは、その後のアーティスト活動の土台となり、今ではかけがえのない経験だったと思います。

伝統工芸×人工宝石の融合「彩輝光」を創始考案


▲3Dプリンターで出力したレジン素材をベースに漆工芸本来の伝統技を融合させた作品
 10年間の修業後は独立し、漆工芸作家・蒔絵師として看板を掲げる活動をスタートしました。その中でターニングポイントとなったのは、京セラ株式会社が開発した「京都オパール」との出会いでした。漆工芸には「螺鈿」と呼ばれる技法があります。これは漆塗面に鮑貝や夜光貝など美しい貝を施して装飾する技術ですが、その貝の代わりに京都オパールを使用してみたら、今までにない輝きを放つ加工表現が現れました。2008年には京都オパールを使用した作品を発表し「彩輝光」と言うブランド名で商標登録を取得することとなりました。以来「彩輝光」は新しい表現技法のネーミングであり、私自身の代名詞として、アーティスト活動の大きな糧となっていきました。

 この「彩輝光」が認知され業界に広がると同時に、自身の思いとは逆に悪用されるケースも出てきて頭を悩ます時期がありました。そこから自身が創始考案者であることを理解していただくためにホームページを作成し、自らPR活動に注力し始めました。結果、より一層に「彩輝光」を評価していただくきっかけとなりました。歳を重ねて楽観力がついたのは、様々な困難があっても、このような事態を乗り切る経験が後々自身の財産になるとわかったからだと思います。ですから今は多少の悩みや迷いは自然体で日々を過ごしていけるようになりましたね。

楽しい!面白い!と感じる気持ちが出発点

 近年は伝統の技に3Dプリンターの技術を取り入れた新しい造形表現手法にもチャレンジしています。このテクニックに傾倒したのは、1999年にイギリスとフランスに研修留学し欧州の美術館に所蔵される日本の漆工芸品を調査したところ、日本との気候や湿度の違いによって漆工芸品の保存状態が変化していたためです。この問題を解決するにはどのようにしたらいいだろうかと思案し、後々の3Dプリンターとの出会いに繋がりました。漆器のベースは基本、木材を多用されることが多いですが、3Dプリンターで使用されるポリカーボネートやレジンなどの樹脂系素材を使用することで、自然素材よりも長期に渡り完成後の形状を維持し続けられると確信しています。ただし国内においての漆器の造形では自然素材の形成を重視し、極力従来の素材を使用しています。一方、木材などでは形成されにくい造形に関しては3Dプリンターを使い、今までにない表現を追求していきたいと考えています。

 「融合」をテーマに掲げて制作するなか、器など従来の漆器ではなく楽器のピアノやカメラなどの趣味趣向品にも漆芸の持つ技術を施したり、自身の制作ライフワークでもある写真芸術に蒔絵で使用される材料との融合を試みたり、新しい表現ができないかと日々模索しています。既成概念にとらわれず「こんなものに漆を施してあれば楽しいだろうな!こんなものに彩輝光を施してあると美しいだろうな!」と考えることが常になっているのです。また、一人で作品や商品を完成させるのではなく、様々な業種の方々との共同で新しい作品や商品を制作することもこれからの時代のモノづくりだと考えています。私は「融合」という言葉が好きです。「融合」することで今までにない新しいものが生まれ、実用されると信じています。皆さんもぜひ周囲の方々と協調し、支え合い、楽しく仕事できるように「融合」を心がけてみてください。必ずあなたの考えに賛同してくださる方がいるはずです。


▲3Dプリンター


 
(2023年11月取材)

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