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日本画家 河本 万里子さんを訪ねて

日本画家 河本 万里子さんを訪ねて
生まれ育った滋賀県・高島市の豊かな自然をバックボーンに、四季折々の植物や花を瑞々しく描く河本万里子さん。これまで数々の展覧会を開催し、受賞歴も多数という華々しいご活躍の裏には、地道に積み上げてきた時間があります。日本画への静かな情熱をたぎらせる河本さんの自然に対する想いに触れてきました。
ホームページ https://hanagasumi.wixsite.com/les-quatre-saisons

故郷・高島の豊かな自然が日本らしい草花を描く原点

 

▲作品タイトル/『瀧桜』 サイズ90㎝×145.5㎝( 2021年制作)
 幼少期から高校まで過ごした故郷の高島市では、日々自然の息吹を感じていました。登下校に道ばたの草花を取って遊んだり、水路の魚を眺めたり、夏には琵琶湖に泳ぎに行ったり。豊かな自然がもたらす四季折々の多彩な表情が日々の生活のなかに当たり前のようにありました。それらすべてが私の作品の源になっていると思うのですが、それを強く認識するようになったのは、主人の仕事の都合でフランスや東京に住んでからです。南仏の煌びやかで雄大な自然も、奥多摩の静かな自然にも心惹かれるものがありましたが、一方で湖西の自然への想いが強くなり、より日本らしさやそれぞれの土地に根ざした感性を大事にしたいと思うようになりました。

 特にコロナ禍で閉塞感を感じる昨今、あらためて自然を見つめることで季節がいつもと変わることなく巡っていること、雑草と呼ばれるような草花もけなげに力強く咲いていること、そういうものに憧れや希望に似た感覚を抱いています。最近では日本三大桜と呼ばれ親しまれている古木の桜や、近江今津ゆかりの花であるヒツジグサの制作に取り組んでいますが、それも今のこの気持ちに合うモチーフを描き残したいと思ったからなんです。

一つひとつ繊細な工程を通して自然の美しい瞬間をとらえる

  絵を描くのは机の上だけで完結するように思われがちですが、私はまずどこかへ足を運び、取材することを大切にしています。例えば、蓮はまっすぐ伸びていく様子が素敵だと思っていましたけど、実際に取材に行って見ると、風になびいてしなやかに佇む雰囲気も美しい。桜の花びらや枝ぶりも、一枚の写真に撮ってしまうと一方向からの雰囲気しかわかりませんが、現地に赴いていろんな角度から立体的に見ることで思いもかけない花の表情を発見できます。またあえて冬の桜の樹もスケッチすることで、春には花びらに覆い隠されてしまう枝の力強く伸びている様子を知ることができます。

 このように写生を通して対象となる草花をじっくり知ることから制作は始まります。そのうえで絵の構想を練って下絵をつくり、和紙ににじみ止めをしてパネルに張り、下絵を転写し、墨で骨描きするという流れがあります。そこから動物の皮や骨を原料とする接着剤の膠を溶かし、岩絵具で色をのせていきます。こうした日本画で用いられる技法の一つひとつが草花の持つ繊細な美しさをとらえ描き出すことを可能としているのですが、自分が思った通りの表現を具体化するには技術をうまく使いこなさなければならず、今でも制作のたびに試行錯誤と調整を繰り返しています。

伝統的な技法を守りながら新しい表現方法にも挑戦

 
  絵の道に進むと決めたとき、私が日本画を選んだのは扱うモチーフが自然であることに加え、画材そのものが美しく、自然由来のものであるという点も大きな魅力でした。岩絵具は天然の鉱石を砕いてつくられた粒子状の絵具ですし、貝を細かく砕いた胡粉、藍など植物由来の染料も使われます。絵具を溶く膠や和紙、筆も自然界にあるものを最大限に利用しています。今の時代にあっては、日本画は環境負荷の低い美術作品、と言えるのかもしれませんね。

しかし日本画というと掛け軸や屏風絵などをイメージし、今の日本の住まいには馴染まないと感じる方も多いのではないでしょうか?最近では洋式化された空間にも合うモダンな表装や表具の技術を応用した額装などがあり、日本画と新しいスタイルとの融合も新たな発見として楽しんでもらえるかもしれません。私も伝統的な技法や表現を踏まえつつ、より新たな表現方法を模索してきたいと思っています。

 室内にいながらにして、自然に身を委ね爽やかな風が通り抜ける時のような清々しさ、時には命が生まれる時のような高揚感や力強さ、静まり返る水辺の静謐さといったさまざまな豊かな感覚を絵から感じてもらえたら何より嬉しいですね。滋賀県に住む皆さんにも、身近な自然を再発見し楽しんでいただくきっかけの一つとして、ぜひ日本画の展覧会やギャラリーに足を運んでいただければと思います。
 

▲日本画は工程が多く絵を描くだけではない技術も必要になります。

▲主に鉱石を砕いてつくられた粒子状の絵具を使われています。
(2021年7・8月取材)

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