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陸上・棒高跳び選手 我孫子 智美さんを訪ねてNEW

陸上・棒高跳び選手 我孫子 智美さんを訪ねて
我孫子 智美さん
ロンドンオリンピック出場経験もある棒高跳び選手の我孫子智美さんは、まさに滋賀が生んだトップアスリート。
現在は滋賀レイクスターズに所属して競技を続けながら、子どもたちに陸上やスポーツの楽しさも教えています。
そんな我孫子さんの原動力とは何か。栄光と葛藤の日々に迫りました。

公益財団法人 滋賀レイクスターズ

〒520-0801滋賀県大津市におの浜4-7-5オプテックスビル3F
TEL:077-527-6419 FAX:077-527-1029
https://www.lakessportsfoundation.org

棒高跳びとの運命的な出会い 人生は何があるかわからない

 陸上との出会いは小学4年生の時。友達に誘ってもらい、草津市の陸上教室に通うようになったのがきっかけです。また学内で走り高跳びが一番だったこともあり、中学でも陸上部に入って走り高跳びを専門にしていました。でもそれまでの私は走ったり飛んだりするのが好きな、ただクラブ活動を楽しんでいた平凡な選手。近畿大会への出場経験もなく、全国や世界の舞台は目標にしたこともありませんでした。

 ところが高校の陸上部で、ジュニアの棒高跳び日本記録保持者を育てた田尻先生に出会って人生が大きく変わりました。私の走りを見た田尻先生から棒高跳びを勧められ、「頑張ったら日本一になれる!」と言われたんです。まだ棒高跳びのポールを握ったこともない時に、ですよ(笑)。そう言われるなら挑戦してみようと始めたものの、最初は厳しい練習についていくだけで精一杯でした。当時は何度も「辞めたい」と思っていましたね。それが棒高跳びを始めて半年後。参加条件をギリギリクリアして全国大会に出場し、なんと3位に入賞したんです。女子の棒高跳び選手の人口が少ないとはいえ、この結果には自分でも驚きでした。
 「どんなにつらくても頑張り続けていれば結果が出る」という確かな手応えを感じ、どんどん棒高跳びにのめり込んでいきました。    

棒高跳びを始めて数年で世界へ ロンドンオリンピックにも出場

 その後は熱心に練習に励み、高校3年生の時には世界ユース選手権で10位、国体優勝。大学進学後は全日本インカレ4連覇。1年生の時に世界ジュニア選手権で7位、3年生の時に日本選手権で初優勝を果たしました。頑張ったら頑張った分だけ記録が伸びる、結果が目に見えるのが面白く、さらに練習を頑張るという好循環が生まれていました。そして大学卒業後もこのまま田尻先生に指導してもらいながら地元で活動したいと思い、2010年7月に滋賀レイクスターズに所属。同年から日本選手権3連覇、2012年の日本選手権では4m40の日本新記録で優勝し、ロンドンオリンピック日本代表にも選出されました。当時、この記録は日本では一番でしたが、オリンピック出場選手の中では最下位。だからメダル獲得のプレッシャーもなく、夢の舞台に立てた高揚感と喜びでいっぱいでした。

 棒高跳びって、ピットに立った時に、うまく飛べそうだとか、踏み切れなさそうだという直感があるんです。頭で考えすぎず、ざっくりと自分の空間をイメージできた時はいい時。だいたいは飛んでから一瞬でマットに落ちますが、4m40を飛んだ時はバーを超えた瞬間からスローモーションのようにゆっくりと滞空時間を感じることができました。このように日常ではない、非日常の動きをするところも棒高跳びの魅力のひとつですね。




 

続ける原動力は、楽しさ スポーツを通じて滋賀に貢献したい

 しかしロンドンオリンピック後、次は楽しむだけでなくしっかり結果を残したいというモチベーションで頑張っていたところ、脇腹を痛めてしまいました。今思えば、最初に違和感があった時にしっかり休んでおけば良かったのですが、休む勇気を持てなかった。ずっと楽しくて続けてきた競技だったのに、日本記録保持者として自分はふさわしいのかという迷いや焦り、開き続ける世界との差に、自分で重圧をかけていたのかもしれません。
 
 そんな時、レイクスターズから新たに開校する陸上スクールの運営とメインコーチを任されることになったんです。リオオリンピックに出られず、選手として続けるかを考えていた時期。これまで応援していただいた皆さんへの恩返しとして地域貢献したいという想いも芽生えていました。そこで急ピッチで準備を進め、2016年12月にスクールをオープン。子どもたちと一緒に走り、スポーツを楽しむなかで、「やっぱり陸上って面白い」という気持ちがよみがえってきました。選手として続ける以上、結果は出したいし、出さないといけない。でも私にとっての原動力は、〝楽しさ〞だったことに気づきました。2017年の日本選手権では5年ぶりに優勝したのですが、それは陸上スクールで楽しさを再発見したのが大きいと思います。
 
 今後は東京オリンピック出場を目指しつつ、子どもたちにスポーツの楽しさを教える指導にも力を入れていきたい。そしてスポーツを通じて滋賀を盛り上げていきたいと考えています。
 










※記事の内容は取材時点での情報となります。あらかじめご了承ください。
(2020年11月取材)

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