雨仕舞いと魔除けの役割がある鬼瓦
江戸時代は大津にも有名な産地が
窯焚きをすると約13%縮むのでその分を計算して成形されます。 大津には、江戸時代に瓦の産地として名をはせた「松本瓦」がありました。逢坂山のあたりで瓦に適した土がとれたため、瓦作りに従事する職人がたくさんいたそうです。私たちの「美濃邉鬼瓦工房」も「松本瓦」の流れを汲み、当時の技法を継承して鬼瓦を製造しています。私の曾祖父が創業してからおよそ100年。今では瓦屋根の民家も減り、寺社仏閣などの文化財の復元が主な仕事となっています。
そもそも鬼瓦とは、和式建物の棟の端などに設けられた板状の瓦の総称です。もとは水の浸食を防ぐ瓦屋根の雨仕舞いとしての役割だったのが、だんだんと機能性よりも装飾性が重視されるようになり、魔除けの意味合いも持つようになりました。鬼瓦という名の通り、皆さんがイメージされるのは睨みをきかせた鬼の顔だと思いますが、これも時代によって表情が異なります。また雲や植物、宝珠、七福神など鬼以外のものもたくさん作られています。
私の場合、父や祖父が家業として鬼瓦を製造していたので、鬼瓦は小さい頃から当たり前にある存在でした。小学校1年生から6年生までずっと夏休みの宿題の自由研究は「瓦」だったくらいです(笑)。それほど身近にありすぎてあまり興味はなかったのですが、24歳のとき結婚を機に家業に就くことにしました。やってみると意外に面白く、それから14年の月日が経ちます。
300年前の鬼瓦と対峙すると
当時の職人の気迫に飲まれることも
乾燥は長いものでは3~4カ月かけ、ゆっくり少しずつキズつかないように乾かしていきます。 私がこの仕事で大切にしているのは、逃げないことです。楽なことと面倒くさいことがあったら、面倒くさいほうを選ぶ。例えば、鬼瓦を作る工程は土づくりから図面引き、成形、乾燥、窯焚きまでありますが、一番大事なのは乾燥。成形に比べると地味で見応えのない仕事ですが、1ヵ月や2ヵ月じっくり時間をかけて面倒みることで、無傷のまま焼きに入れることができます。それを横着して、こまめにひっくり返さなかったり、毎日様子を見たりしなかったら、亀裂が入ってしまう。小さい亀裂のときに気づけば直せますが、それが大きくなるともう取り返しはつきません。
また文化財の復元にあたるときは、昔の人が何を思っていたのか想像することも大切です。300年や400年前の鬼瓦を目にした際、手が動かなくなるときがあります。同じものを作ろうとしているのに作れない。これを作った職人さんはすごいなと。
丁寧にひとつずつ、手作業されています。 当時は人生50年の時代ですから、職人さんも40歳頃には隠居していました。とすると、年齢は20代か30代のはず。しかも文明の利器もない、電気もない、写真などの情報もない。何百キロもある重たい鬼瓦を今はハンドリフトで持ち上げますが、当時はたぶん丁稚奉公の小僧が4人くらいで持っていたのでしょう。そんな不便な環境で、自分より年下の職人がこれを作ったと思うと、気持ちが負けてしまうのです。昔の職人さんは瓦屋に居候して食事をさせてもらうだけで、給料はなかったと祖父が言っていました。見返りのある今とは違い、「純粋にいいものを作りたい」という欲求だけだったのかもしれません。
文化財の豊かさは滋賀の魅力のひとつ
これからも伝統技術を守っていきたい
鬼瓦を作る職人は昔から「鬼師(おにし)」や「鬼板師(おにいたし)」と呼ばれ、他の瓦職人とは別格視されてきました。私も鬼師としての誇りを持って、これからも昔ながらの鬼瓦の製法を守っていきたいと考えています。例えば土の空気をぬく方法として、全国的にはより簡単に土の空気が抜ける真空土練機が流通していますが、うちでは今だに60年〜70年前の土練機を使用しています。また、地域性を守るために、他地域の鬼師さんから余計な情報を入れず、こちらの情報を渡さないようにも気をつけています。
ただ一方で鬼瓦の市場は確実に落ちつつあります。私たちが300年前の鬼瓦を復元すると、次は300年後まで仕事がないわけですから。しかも300年前の鬼瓦の弱点を克服するように改良を加えているので、もっと長持ちするかもしれない。そこで本業の枝葉として、海外からの観光客に鬼瓦の製作現場をご案内したり、鬼瓦をアート作品として販売したりする活動も行っています。また最近は、大学生と共同で企画したデザインプロジェクトも始動中。学生たちからアイデアを出してもらい、私たちが鬼瓦の技術を活かして作るプロセスをSNSで発信し、最終的にクラウドファンディングにかける予定です。ここから何か新しいものが生まれてくれば、また新しい鬼瓦の世界が開けるかもしれませんね。
皆さんも寺社仏閣に行かれた際は、ぜひ屋根の上を見上げてみてください。実は滋賀県は国宝を含む重要文化財の指定件数が全国第4位、建造物では全国第3位を誇るほど、豊かな文化財を保有しています。そこにもっと注目して見てもらえれば、滋賀の魅力をさらに感じることができるのではないでしょうか。
※記事の内容は取材時点での情報となります。あらかじめご了承ください。
(2018年9月取材)