田中一則さん
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一般社団法人kikito(キキト)事務局長 田中一則さんを訪ねて
湖東地域で滋賀の森の活性化に取り組む「一般社団法人kikito」。
今回は事務局長の田中一則さんに地域材を活かす仕組みづくり、
森と暮らしをつなぐ商品の開発といった数々のプロジェクトについて、
またその背景にある思いをお聞きしました。
田中 一則さん たなか かずのり
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はじまりは、滋賀の森に抱いた危機感
kikitoの前身は2007年、森林組合や森林所有者さん、工務店、行政などのメンバーが始めた勉強会です。
当時の木材国内自給率は20%前後とかなり低く、
安い輸入材の影響で国産材の利用が低迷していました。
滋賀も森林に関わる人が減り続けて山林地域は衰えてゆくばかりで、
何とかしなくちゃと関係者が集まったんです。
滋賀は県土の5割を森林が占め、しかも人の手で植栽された人工林が多いんですね。
人工林は手を入れ続けないと荒れてしまいます。
そうなると、生き物が棲めなくなったり、自然災害に弱い土壌になってしまったりと、
皆さんの命にも関わる問題につながるんです。
勉強会のメンバーは業種も立場も違うけれど、びわ湖の森を元気にしようという思いは共通していました。
翌年には「湖東地域材循環システム協議会」を設立し、
木々とともにあろうという想いから愛称をkikitoに。森林を循環利用する仕組みを作ろうと走り出し、
2012年には事業を担う部分を一般社団法人にしました。
森の守り手、商品の買い手に思いを馳せ、つなぐ役割を
最初の取組みは、地域材の高価買取でした。森林所有者さんは長年世話した木に愛着と誇りがあるのに、
現在の市場価格で売ると赤字になってしまう。だから市場に出さず、
地元の木で家を建てたい人に応えられない状況だったんですね。
そこでkikitoが原木を高値で買取りストックし、製材して工務店さんに販売しはじめました。
使い道がないと切り捨てられていた細い小径木や間伐材も、
コピー用紙や印刷用紙の原料に。
紙製品は多賀町役場や東近江市役所、地元企業に使っていただいて、
インターネットなどで小売りもしています。
また、企業との協働で木の名刺入れやファイルといった加工品を作り販売も。
kikitoには女性メンバーが数名いて、
その意見やアイデアを商品開発に活かしています。
代表理事の大林は「森林整備という意義だけでは買ってもらえない、
欲しいと思ってもらうにはデザインじゃないか」と言って、
細かな点にも注力していますよ。
新商品は滋賀県産の杉を使った木の名刺。あえて木目が並行な柾目ではなく、
山型や波形の木目が現れる板目にしました。模様が一枚一枚違って面白いし、
受け取る側の印象に残りますよね。
こうした活動に、メンバーは本業を持ちながら携わっています。
大変かというと皆そうでもないんです。大林は「森林を持つ高齢者の方たちが笑顔になる事業ができている」
とやりがいを感じている。僕は本業ではお目にかかれないような方にも会えて話ができ、
人や商品がつながってゆくのが面白くて。それがkikitoの事業のヒントやチャンスになり、
世界が広がる。その楽しさが原動力になっているかもしれません。
さまざまな可能性を秘めた森林を、次世代へ
kikitoは今春、総務省の「平成27年度ふるさとづくり大賞」
で団体表彰(総務大臣賞)を受賞しました。これはふるさとをよりよくしようと頑張る団体・個人に贈られるもの。
今後の励みになります。
皆さんにもぼんやりでいいので、森林があることの大切さを理解していただきたい。
興味がわいたなら今年はキャンプに行ってみようとか、国産材を使っている商品を買おうかとか、
そういう意識を持ってもらえるとうれしいです。僕自身は多賀町で生まれ育ち、遊び場は山でした。
若い頃は山仕事はしんどいからと全然違う仕事をしていたけれど、
17年前に森林に関わる職に就き、森は生きとし生けるものの生命維持装置だとわかった。
それで自分にできることは何かないかなとkikitoに参加したんです。
森林は木材生産だけでなく観光やサービス、いろいろな利用の仕方があり、
ビジネスチャンスが隠れています。それをうまく活かし、
最終的には人が山に入って森林整備につながるシステムを作れたらと考えています。
さらには山林地域できちんと生計を立てることができるようになり、
若い人たちが残って地域が活性化するところまで持っていければ本望ですね。
(2016年8月取材)