野田 拓真・藍子さん
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野田版画工房 版画造形作家・デザイナー 野田 拓真・藍子さんご夫妻を訪ねて
永源寺の近く、のどかな山あいに佇む「野田版画工房」。
2011年春に京都からこの地へ移住してきた野田ご夫妻は、唐紙の伝統技法を用いながら、
新しい空間づくりに挑戦する新進気鋭のアーティストです。家という空間のなかで襖は主張しすぎない、
あくまで脇役というものでしたが、野田ご夫妻が表現する襖は主役になるほどの存在感をもって、
暮らしに彩りを与えています。そんなものづくりの原点や、今の想いについてお話を伺いました。
野田版画工房
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老舗工房で唐紙の美しさのとりこに
大学では二人とも銅版画を勉強していました。卒業後、妻はレリーフ制作や身体を使ったパフォーマンスなどの表現活動を始め、
私は京都の老舗唐紙工房に入りました。その当時は「興味のある版画を仕事にできるなら」と思って入ったのですが、
実は唐紙のことはよく知りませんでした。実際にやってみて唐紙の魅力にとりつかれ、
これをもっと突き詰めていきたいと強く思うようになりました。
唐紙は平安時代、遣唐使によって中国から伝わったといわれる紙です。
もともとは位の高い僧侶や貴族が文字を書くための書画でしたが、江戸時代中頃から襖紙として使われるようになりました。
部屋の灯りや陽射しによって光沢のある模様がさまざまに表情を変える、
立体感のある美しさが魅力です。
唐紙の伝統的な技法とは
私が唐紙作りに使用するのは、一般的に襖紙として使われる鳥の子紙です。模様を描く絵の具には、鉱物を粉状にした雲母、
色のついた顔料、のり、水を混ぜたものを使います。この雲母が光の加減によってキラキラ光る唐紙独特の質感を生み出します。
そしてガーゼを張った「ふるい」という唐紙専用の道具に絵の具を塗り、版木の上に「ふるい」をのせて色をつけていきます。
色がまんべんなく版木についたら、和紙を重ねて手でやさしく撫でながら移し取ります。
一般的な版画で使用される木版の場合はバレンと呼ばれる道具で刷り込みますが、唐紙の場合は、手で移し取るような感覚。
絵の具の配合も、手で移し取る微妙な感覚も、すべてが経験と勘によるものです。
また版木は一人で作業しやすいように、横45p×縦30pくらいの小さなサイズで作ってあります。それを襖一枚分の大きな紙に刷るの
で、上下・左右ともに模様が続くようになっています。刷るときには襖一枚が均一になるよう、
一版一版リズムよく刷っていきます。刷り終わって乾かすと、色のついたところに波状のあとが残るのですが、そこに独特の表情が生まれます。作り手の感
性や、そのときの気持ちによって、同じ版木でも仕上がりが異なるのが面白いところです。
伝統的な美しさと、斬新な面白さの狭間で
勤めていた唐紙工房から独立し、東近江市に「野田版画工房」を立ち上げたのは2011年。
たまたま染色作家である父の紹介でこの家が見つかり、
いいチャンスだと考えました。しかし、最初に乗り気だったのは妻の方で、
私にとっては不安でいっぱいの船出でした。
私はそれまで唐紙の老舗で働き、唐紙の美しさを追い求めてきました。
伝統工芸は長い歴史の中で育まれたもので、すでに「こうあるべき」「こうしてはいけない」というルールがあります。
しかし、妻はそのルールを知りません。
「唐紙とはこういうもの」という先入観がないため、自由な発想から入るわけです。
斬新なものを求める妻と、伝統を重視した唐紙の美しさにこだわる私とは、よくぶつかりました。
お互いの意見を受け入れられるようになり、意識が変わってきたのはごく最近です。今では私の堅実さと妻の自由さの両方が融合しているからこそ、
面白いものができるのだと感じています。
滋賀に来て気づいた、
襖がある空間の魅力
唐紙は"紙"ですので、襖、屏風、ついたて、扉、壁紙の他にも色々な用途が考えられます。
しかし自分たちが一番しっくりくる作品はやはり襖です。ただ単に美しい紙を作るだけでなく、唐紙の襖を使った生活を通して、
おもてなしの心、精神的な豊かさを感じてもらえたらうれしいです。
たとえば襖の引き手の高さは、今は80pくらいに設定されていますが、昔はもう少し低く作られていました。
それは、座って両手で引き手を持って襖を開ける文化だったからです。襖を開けるという動作はすごく美しいものだったことがよくわかります。
また実際、襖を自分たちの生活に取り入れてわかったことですが、襖一枚を隔てることで空間を仕切ることができ、気配を感じたり、
消したりすることもできます。生活に彩りを加えるとともに、すごく実用的な道具でもあります。
実は滋賀には質の高い素敵な古民家がたくさん残っています。良好な状態に保たれている
家も多く、広々とした空間や優れた耐久性などにも滋賀ならではの特徴があります。
光の加減で見え方が変化する古来の唐紙の魅力を存分に伝えることができるのではないかと感じています。
また、滋賀の風土はのんびりしていますし、ものづくりをするには最高の場所。
京都にいた頃よりも、羽根が生えたように自由な感覚が広がっています。
唐紙作りのその先にあるものを見たい
現在は1、2ヵ月に一度くらいの頻度で展覧会を開いています。最近では、五個荘のギャラリーで「うるわし気」展、
長浜を代表する近代和風建築の安藤家で「ふすまのすがた」展、京都の町家で「布と紙でやさしく空間を仕切る」展などを開催しました。
今年の秋には近江八幡でのBIWAKOビエンナーレへの出展も決まっています。
私たちは唐紙を作る"紙屋"ではなく、あくまで"作家"として活動していきたいので、常に刺激のある発表を考えています。
現在わかりやすく名乗っているのは、私は版画造形作家で、妻が模様デザイナー。唐紙を作って終わりではなく、
唐紙を使ってどんな作品を生み出すか。
その作品によって人との関係、家との関係、地域との関係をどう築いていくか。そんなことを考えながら、
これからも人に感動や驚きを与えられるような作品づくりを続けていきたいと思っています。
(2014年5月取材)