中川 周士さん
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木桶職人 中川 周士さんを訪ねて
木桶の製作技法はおよそ700年前、
室町時代頃から伝来し、江戸時代には日本各地で盛んに使われるようになりました。
「中川木工芸比良工房」を主宰する中川周士さんは、その当時から受け継がれる伝統的な木桶の製作技法を用いながら、
現代にマッチする革新的な作品の製作にも挑戦。国内だけでなく海外からも高い評価を獲得しています。
そんな中川さんのものづくりに対する思い、滋賀への思いを聞いてきました。
中川木工芸 比良工房
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大学卒業後、木桶職人の道へ
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▲2000年の間、土の中に埋もれていた木を使って作られたスツール |
「中川木工芸」は、京都の老舗桶屋で修行を積んだ祖父が京都・白川に工房を構えたのが始まりです。
現在は二代目の父が京都工房を、そして三代目の私が滋賀の比良工房を主宰しています。
私は小さい頃から身の周りに木材やカンナがある環境で育ち、家業を継ぐのは当然のように思っていました。
しかし思春期の反抗期を迎えて、大学は立体造形学科に入学。祖父が9歳で丁稚奉公に出たように、
職人の世界には一年でも早く入ったほうが良いとされるところを、4年間自由に勉強させてもらいました。
そして大学卒業後、父に師事する形で木桶職人への道を進み始めました。
700年受け継がれる、伝統的な製作技法
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▲木の部位やサイズによって250〜300種類のカンナを使い分けされています |
桶の製作技法は「結物」といわれる、木片をいくつも組み合わせてタガをはめ、
丸い形をつくっていくものです。木工芸にはこの他にも、木の固まりを彫り込んでいく「刳物」、
ろくろや木工旋盤で木の固まりを回転させながら削り出す「挽物」、板状の木材を溝にはめこんで組み立てる「指物」といった技法もあります。
木工芸は実は細分化されていて、それぞれ使用する木も道具も異なります。桶や樽を作る技法は世界中にありますが、
これだけ繊細なものづくりをしているのは日本独自の文化と言えるでしょう。
私の場合、素材は軟らかい針葉樹を使うため、木曽檜、木曽椹、高野槙、吉野杉などの和木が中心です。道具であるカンナは250〜300種
類ほどを使い分けます。平たい木材を削るならひとつのカンナで済みますが、桶を作るカンナには丸みがついていて、内側を削るものと、外
側を削るものでも異なります。また、うちでは小さい桶は4.5cmから、大きい桶は3mくらいのものまで作るので、口径によってもカンナを使い
分ける必要があります。
道具としての器から、おもてなしの器に
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▲料亭や旅館では“おもてなしの器”として使われています |
桶の全盛期とも言える江戸時代には、生まれた時に浸かるタライから、おひつ、漬物桶、うどん桶、風呂桶、湯桶、水桶、そして棺桶まで、
身の周りには桶がたくさんありました。当時は桶というものは当たり前にある雑器という印象が強く、
美しさにこだわるよりも質実剛健が求められた時代でした。しかし家庭で段々と使われなくなるにつれ、今は料亭や旅館での
“おもてなしの器”へと変化してきました。
こうした伝統工芸品を変えて欲しくないという要望もあると思います。しかし伝統工芸品が生まれた時は、
その当時の最先端技術だったはず。最先端技術を生み出した精神や哲学は受け継ぎながら、時代に合わせて形を変化させてきたからこそ、
700年も続いてきたのです。そのことを忘れてノスタルジーな部分だけに固執してしまったら、木工芸に未来はないと私は考えています。
技術とデザインの融合で、
滋賀から世界へ!
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▲「ドン・ペリニヨン」公認のシャンパンクーラー |
私は数年前より「今までにない桶を作ろう」と試行錯誤してきました。そして出来上がったのが楕円形でシャープな口縁をもつ桶です。
楕円形という斬新なデザインは桶の工法上きわめて困難なものですが、
この桶が2010年にドン・ペリニョン公式シャンパンクーラーとして認定され、大きな転機を迎えました。
これまでは技術の追求を重視してきましたが、デザインの重要性を痛感するきっかけとなりました。
ヨーロッパでは小さな工房にも必ずデザイン室があります。かたや、日本の伝統工芸の世界は技術最優先で、
デザインは10%くらいしか入っていないのが現実。もちろん技術優先という考え方は間違っていないと思います。
しかし技術力が高い分、ヨーロッパの工芸品並みのデザインを共存させれば無敵なのではないかと考えました。
そこで私は2010年を機に、技術とデザインの融合に取り組み始めました。
それと同時に様々な人との出会いもあり、海外で作品を発表するチャンスを得ました。
2011年にはイタリア・ミラノ、2013年にはフランス・パリ、イギリス・ロンドンと、
現在では2ヵ月に1度くらいの頻度で海外での発表を行っています。海外の方の反応は予想以上に良く、
これほど日本の伝統工芸品は高く評価されるのかと大きな衝撃を受けました。
海外向けに発信している作品にはシャンパンクーラーの他、スツールやフラワーベース、オブジェなどがあります。
いずれも桶の製作技法をふんだんに盛り込みながら、新しい形を生み出したものばかりです。
滋賀は素晴らしいものづくりの産地
一方、国内ではカンナ削りや桶づくりといったワークショップの開催、また、後継者づくりに力を入れています。
実際にものづくりを体験することで木桶の魅力を感じてもらえたら嬉しいですし、木桶を使ってくださる方が増えれば、職人の需要も増えます。祖父の代には京都市内に桶屋が250軒くらいあったそうですが、今はたったの4軒しかありません。このまま続けば数年で0になってしまうギリギリのところで、新しいものづくりによって少し踏ん張れたのかなと思います。
また、滋賀に工房を開いてから気づいたことがあります。それは、滋賀は本物のものづくりができる場であるということ。
もともと都だった京都のものづくりを支えてきた歴史がありますが、現在でも私の工房があるあたりには陶芸家、ガラス作家、木工家、
染織家など100人以上の作家さんがおられます。彼らは私と同じく京都で修行し、独立して滋賀で工房を開いた方が多く、
技術力の高さはトップレベルです。
私は滋賀に越してきてからそれを知り、「滋賀ってすごい!」と驚きました。今後もこのものづくりの力をもっと地元の人に知ってもらい、
滋賀から世界へとどんどん発信していきたいと思っています。
(2014年3月取材)