西村 英次・則子さん
|
養蚕製糸家 西村 英次・則子さんご夫妻を訪ねて
滋賀の湖北地方には昔から養蚕の歴史があり、
糸の産地として知られてきました。
今回は滋賀県伝統的工芸品指定工場で養蚕・糸とりをされている西村英次さん、
則子さんご夫妻にお話を伺いました。
|
この辺りでは古くから養蚕が盛んだったようですね。その歴史について教えてください。
|
▲18個から20個の繭の糸を束ねて集緒器に通して巻いていきます |
この辺りの養蚕の歴史は古く、江戸時代初期から農家の副業として養蚕は貴重な収入源となっていました。
こちらで作っている和楽器の弦や着物の帯などに使われる特殊生糸の製造には水がとても重要で、
綺麗な軟水の地下水が出る地域でないと作ることができません。
この地域の地下水は特殊生糸の製造に優れているため、昔は谷一帯が養蚕をしており、一面に桑畑が広がっていました。
しかし、次第に農業を辞めて別の仕事に就く人が増え、養蚕や糸とりをする家庭が減ってきました。
養蚕には毎日の世話が欠かせず、また、糸とりは繊細な作業ゆえに機械化ができません。
農業以外の仕事との兼業は困難でした。
昔はこの辺りでも約600件が養蚕を行っていましたが、現在では私たちだけになってしまいました。
全国的にも養蚕家が減ってきており、日本の貴重な文化が消えつつあることをとても寂しく思います。
実際に養蚕はどのように行うのですか。
卵からの飼育は温度管理などが非常に難しいため、孵化した状態のものを購入しています。
幼虫は桑の葉を食べて育ち、約4日周期で成長します。周期の単位を「齢」と言い、
5齢で一人前の幼虫になると糸を吐き出し始めます。繭になったら羽化する前に乾燥場の中に入れ、
火をつけた炭を入れて乾燥させます。孵化してから繭になるまでは1ヶ月ほどかかります。
実は、繭は春と秋の2回しか収穫できません。だからこそ、養蚕だけで生活していくことは難しく、
農業と兼業されていたという経緯があります。季節によって種類が異なり、
春のものは主に三味線や琴といった和楽器の弦に使用され、
秋のものは着物の帯や刺繍の縦糸として使用されます。
いずれも高級糸として、伝統品に欠かせない存在となっています。
繭からの糸とりはどのように行うのですか。
|
▲繭玉一つから約1,500mの長さの糸がとれます |
糸とりには座繰器という昔ながらの器具を使います。糸を巻く動力として今はモーターを使っていますが、
60年以上前は足踏み式でした。それ以外はすべて手作業で行います。
繊細さが必要とされる糸とりは昔から女性の仕事とされてきました。
糸とりでは地下水を沸かした約80度のお湯の中に繭玉を入れ、糸ぼうきで繭玉を撫でて糸口を出します。
繭玉から出た糸口を手繰り寄せ、数本を束ねて集緒器に通して糸を巻いていきます。
束ねる糸の量は製品によって異なります。当工場で作る弦楽器の中糸の場合では、だいたい18個から20個の糸を束ねます。この小さい繭玉一つから、
およそ1,500メートルの長さの糸がとれるんです。1本の糸がどれだけ細いかがよくわかるでしょう。
巻き取った糸は、その後天日干しにして、出荷用の束になるように巻き返しを行います。
その束を束ねて、「一括」という単位で出荷をするのが一般的です。
糸とりはとても繊細な作業なのですね。小学生にも教える機会があるとお聞きしましたが、どのようなことをされているのですか。
|
▲先代の西村英雄さん |
年に数回、小学生が糸とりの体験をしに来ます。地元の小学生がほとんどですが、
最近では三重や岐阜からも体験に訪れるようになりました。
ちょうど、小学3年生の理科の授業で養蚕について習うようです。
中には実際に蚕を育てている小学校もあり、育てた繭を持ってくる場合もあります。
多い時は一度に50名ほどの小学生が訪れることもあり、
その際は当工場に入りきらないため、近くの浅井歴史民族資料館にご協力をいただいています。
資料館には養蚕や製糸の歴史、また器具や資料が展示されているため、様々なことを学ぶことができます。
糸とり体験では、座繰器で繭から糸口を出した状態で渡してあげます。
子どもたちはなかなか上手く集緒器に糸が通せずに苦戦しながらも、体験を楽しんでいるようです。
子どもたちにより理解を深めてもらうため、パソコンを使ってオリジナルの資料を作りました。
また、プロジェクターで投影する映像も作成して、クイズ形式で問いかけながら説明をしています。
子どもたちは素朴な質問をどんどんと投げかけてきます。思いもしない質問を受けることもあり、
子どもたちへの体験教室を通じて、私自身も勉強させてもらっています。
今後、養蚕の伝承についてはどのようにお考えですか。
正直なところ、今後どうなるかはまだわかりません。
現在、うちでは私たち家族だけで糸とりを行っています。養蚕もしていますが、
ほとんどの繭は購入し、糸とりをメインに行っています。
需要はあるのですが生産量に限りがあるため、すべての注文を受けかねています。
しかし、前述した通り養蚕だけで生活していくには難しく、
気軽に後を継いでもらうわけにいかないのが現状です。
この工場を訪れた方は、昔ながらの製法や製品の素晴らしさに触れ、
ぜひこの先も続けて欲しいとおっしゃいます。この貴重な伝統を守るため、
私たちもできるだけ長く続けていきたいと思います。
また、幸いにも毎年一度はこのように紹介誌やテレビ番組の取材に訪れてくださいます。
そのような機会や、小学生たちへの体験教室を通じて、少しでも多くの方にこの文化を伝えていきたいと思います。
(2013年11月取材)